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「もう今日はうんざりしちやつた。」父は祖母の方を向いて話し掛けた。「街へ行つて験べて見たら片ツ端から借金だらけなんぢやないか。みつともなくて歩けもしねえ。仕様のねえ馬鹿野郎だ。今迄、黙つてゐてやれば、いゝ気になつて甘く見てゐやアがる。」
「二十幾つにもなつてゐるんだから自分にも考へがあるだらう、まア、さう頭から云ふものぢやないよ。」
「どんな嘘を云ふかも知れないから、もう決して夜は出さないことにして下さい。」
「わたしだつて番は出来ないよ。子供ぢやあるまいし。足でも縛つて置いたらよからう。」
「あんまり甘やかし過ぎるからいけないんだ。ほんとにもう承知しねえ、――チヨツ、馬鹿野郎。」
 皆なの手前、父も彼と同じやうに家庭では露骨なことは云へないのか、と思ふと、彼にも父の腹の中の擽つたい憤懣がよく解つて彼は返つて父に親しみを覚えた。
「云ふなら云ふでちやんと道理をたてゝ云ひ聞かせたらよからう、たゞ無暗とガミ/\腹をたてたつて――外聞が悪いばかしだ。……それには阿父さんもさうだ、自分が平常から意見の利くやうな態かい、酔ぱらつてばかり帰る癖に。――自分の悴ぢやないか。」

 お父さんは情なさゝうな声でそんなことを云ひました。美津子は、思はずプツと笑ひ出してしまひました。
「私達の学校ではね、お父さん、一週間に一度宛早起会といふのがあるのよ、御存じでせう。その時に先生が、いつも皆にかういふことをお訊ねになるのよ、お父さんは何時に起る! お母さんは? ……あなたは? ――それでね、お父さんやお母さんに起されるようではいけない、自分で起きなければいけない、今朝起されて起きた方は誰と誰ですか? 自分ひとりで起きた方は誰と誰とですか? といふ風によ。此の頃では起される人はひとりもありませんわ。私、今度の時先生に今日のことを云ひますわ。私は起されるどころではありません、いつもお父さんを私がお起しするんです、と――」
「何だつて?」とお父様は驚いて布団から顔を出しました。「いけないよ。今日は特別番外ぢやないか。――そんなことは冗談にも、学校でなんかしやべるんぢやないよ。」
「ぢやお父さんは、私に嘘を云へとおつしやるの?」

「階段」といふのは久保の今年の制作の命題である。白い階段の中程に一人の裸婦が、凝ツと正面を向いてたゝずむでゐる一見平凡な構図であるが、陰影を持たぬ久保の新手法が機械的構成美の上で目醒しい進境を示したものとして評判が高かつた。階段の突き当りに四角な窓があつて、其処からはビルヂングの尖頭が見えてゐる。
「何故だか、あの人物の容姿が、妾に似てゐるやうな気がしてなりません。あのやうな複雑な表象的画題に対して斯んな卑俗な考へを持つことに、何だか冒涜さへ感じますが、一度、そんな思ひに打たれてからといふもの、何うしても此の不遜な考へが妾の頭から離れません。」
 久保は、この一節を読んだ時に悩ましさうに髪の毛をつかんだ。久保は、怖れに戦かずには居られなかつた。何故なら未だ直接言葉もかけたこともない美奈子であるにもかゝはらず、いつの間にか、その映影が深く自分の胸の中に喰ひ込んで、そして、斯んな結果が生じたのだと彼は信じたから。